「あの…」
「ん?」
ギターを持った少年の前には、少し年上の女性が座っていた。
「毎週来てくれてますよね」
「うん、孝介くんの作る曲、好きだもん」
「う、うれしいんだけど…直球で言われると照れますね」
孝介はどぎまぎしていた。

孝介は毎週末、この公園でギターを自作の曲を披露していた。
大学へ行ったりバイトをしたり、それなりに忙しい毎日を送っていたが、週末にここへくることだけは欠かさなかった。
実際は、孝介の演奏を聞いてくれる人なんてごく少数だった。
それでもここへは必ず来て、必ず歌った。
ファンと呼べる人はほとんどいなかったけれど、ここ数カ月は毎週聞きに来る女性がいた。

「孝介くんの曲、もう覚えちゃったかも」
「これだけ毎週聞いてくれれば、ねぇ」
「うれしくないの?」
「いや、うれしいんですよ!うれしいんですけど・・・」
「あはは」
女性は無邪気に笑っていた。
孝介は、この女性に振り回されている感じがして仕方なかった。
しかしそんなやりとりさえ楽しかった。

「ねぇ孝介くん?」
女性は突然真顔になった。
「ギターを弾くのと歌うの、どっちが好き?」
「へ?」
予想外の質問に面喰ってしまった。
「答えたくなかったらいいんだけどさ」
「あ、ごめんなさい。びっくりしただけで、答えたくないわけじゃないんです」
「じゃあ聞かせてもらえるかな?」
「あーうん。実はギターを弾く方が好きなんですよね。というか正直、歌はそんなに」
孝介にとって、自分の歌を聞いてくれる唯一のファンにこのことをカミングアウトするのは少し勇気が必要だった。
「俺は曲を作るのとギターを弾くのが好きなだけで、本当はバンドが組みたかったんですよ」
「なんで組んでないの?」
「なんというか・・・一緒に音楽をやりたいと思える人が見つけられなくて」
「そうね〜」
そう言いながら孝介は、“本当に自分が本気なのか”と不安も感じていた。
「ここで歌っているのは、『俺の曲を歌いたい』って言ってくれる人を探してるからなんですよ」
女性はにこにこしながら孝介の話を聞いていた。
そして突然立ち上がった。
「じゃあ…今日だけ私に歌わせて?」
女性は、本当に無邪気な笑顔を見せた。
一方の孝介は、呆気にとられていた。
しかしすぐに思考を巡らせ、次の言葉を見つけた。
「ぜひお願いします!」



「ふあ〜」
最後のギター音が消えると同時に、女性は背伸びをしながら大きく息を吐いた。
孝介は驚いて固まっていた。
いつの間にか孝介と女性の周りには、大勢の人が集まっていた。
そして孝介が聞いたことのないほど大きな拍手が聞こえた。
「め、めちゃくちゃうまいですね」
女性の歌に一番驚いたのは孝介だった。
聞いてくれた人のことも気にせず、興奮気味に女性に話しかけた。
「孝介君のお気に召した?」
「あたりまえじゃないですか!!こんなにうまい人に会えるなんてめったにないことですよ」
孝介はかなり興奮していた。
それほどに女性の歌は魅力的だった。


「孝介くん、ありがとう」
「いや、もう、こちらこそ!!」
ギターも片付け終わり、孝介と女性ははじめてゆっくり話をした。
「あの、俺、まだ名前を聞いてないんですけど」
「あぁそうだったね。私は…」
女性はそこまで言って、一瞬間を置いた。
「さくら。ひらがなで“さくら”」
それを聞いて孝介の頭は混乱した。
さっきの歌声とその名前を聞いて、一人の女性が思い浮かんだからだ。
「さくらってもしかして…ガールズライブの・・・」
“ガールズライブ”とは、2年前に解散した女性4人組のロックバンドのことだ。
デビューしてから解散までほんの3年間の活動だったのだが、当時の人気は本当に凄まじかった。
孝介も彼女たちのアルバムを買ったことがあった。
「よく知ってるね。2年も前に解散したバンドの事なんて」
「そりゃ知ってますよ!あんなに人気だったんですから。でもなんというか…今まで全然気づきませんでした」
「気付かないわよ。さっきまでいたお客さんだって誰も気づかなかったでしょ?」
「まぁそうでしたけど・・・」
「あの頃は衣装やメイクもすごかったし…こんなふうにナチュラルメイクに花柄のワンピースなんて着たら、別人よ?」
そう言ってさくらは笑っていた。
おどけて言っているようだったが、複雑な表情をしていた。


「あのね、孝介君。君は本当に本気で音楽が好きなんだと思うよ」
さくらは突然話を変えた。
「ガールズライブが解散した理由、知ってる?」
「俺はニュースで“メンバーの音楽に対する方向性の違い”とか聞きましたけど…」
「まぁそうと言えばそうなんだけどね」
孝介は言ってしまってから、本人に言うべきことではなかったと後悔した。
「デビューまでの間、4人ともすっごく練習したの。でもデビューに向けての練習だもん、いくらでもできた」
さくらは懐かしそうにどこか遠くを見つめながら話しはじめた。
孝介はさくらの話を黙って聞いていた。
「でもデビュー曲が売れちゃって、次の曲もその曲も売れちゃって…アルバムもバカ売れで…」
自慢話のような文章を、さくらはさみしそうに語っていた。
「気付いたら“伝説のガールズバンド”みたいに言われるようになってて、その時はもうすでに誰も練習に本気にならなくなってたの」
「本気、ですか」
「うん。でもある時、孝介君みたいなストリートミュージシャンの音楽を聞いて、自分たちがどれだけ甘えながら音楽を続けていたのかに気づいちゃったの」
「甘え?」
「だって練習しなくても、本気じゃなくても、CD出せば売れちゃうんだよ?認められちゃうんだよ?」
孝介はその言葉を聞いてはっとした。
たぶんガールズライブの中でこれに気づいたのはさくらだけだったのだ。
もしさくらがこれに気づかなければ、ガールズライブは怠惰のまま音楽を続けていったのかもしれない。
「気付いてから私が本気になっても、もう遅かったの。それに今思えば、一度でも甘えてしまった時期があったってことは私もそんなに本気じゃなかったのかもね」
「そんなことないと思います!だってさっきの歌、本当に、本当に…」
孝介は言いたいことが多すぎて、言葉をまとめられなかった。
それは泣きそうになっているのをこらえていたせいもあるかもしれない。
「ありがとう、孝介君。でもね、もういいの」
さくらはうつむいて、孝介の肩に手を置いた。
「私は孝介君やあの時のストリートミュージシャンみたいな、本当に音楽を愛している人の曲を聞くだけで幸せなのよ」
そう言いながら孝介に笑顔を見せた。
孝介はもう何も言えなかった。


少しの時間、沈黙が流れた。
先に話し始めたのは、やっと落ち着いた孝介だった。
「さくらさん、俺、絶対音楽を続けます」
その宣言によって孝介は、自分自身の迷いを消そうとしていた。
「絶対音楽を続けて、絶対さくらさんに音楽の幸福を感じてほしい」
「え?」
さくらは呆気にとられた。
―――本当に音楽を愛している人の曲を聞くだけで幸せなのよ―――
先ほどそう言ったさくらの顔が、孝介にはひどく悲しそうに見えたのだ。
「俺の音楽を聞いて“幸せだ”って言ってほしいんです」
必死に話す孝介を見て、さくらはよろこびを隠せなかった。
「待ってるよ、孝介君」
過去の話をしていた時とは全く違う、心からの笑顔を孝介に向けた。


「さくらさん、もしよかったら今からもう一曲歌ってくれませんか?」
「そうね…せっかくだからそうしようかな」
その言葉を聞いて孝介は、片づけたギターを取り出し始めた。
演奏の準備をしながら、一つだけさくらに話しかけた。
「でも、これで最後です、二人での演奏は」
孝介の発言に対して、さくらは全く驚かなかった。
「さくらさんの歌声に甘えるわけにはいかないですから」
「ありがとう、孝介君」
そう言って最後の二重奏が始まった。









・・・・・・・・・・あとがき・・・・・・・・・・
UNISON のライブに行ってテンションが上がった時に思いついた話です。
ライブに行くと、それぞれのバンドの本気を見せつけられます。
だから音楽に対する気持ちってすごいなぁ、と思って。
純粋にその感動だけで、それをテーマに駄文を書きました。
“自分が本気ではないと気付いてしまったさくらだからこそ、孝介の本気に気づいてあげられる。”
みたいな話が書きたかったはずなのになぁ、なんだこれ。

ところで孝介の名前の由来、あとがきを読んでわかってしまっても内緒にしていてね☆


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