「ありがとうございました」

バイオリンの練習が終わり部屋を出る。

今日もまた、うまく弾けなかった。

先生にも心配されてしまった。

『ほのか、なにか悩みごとでもあるのか?』

先生はよくわかっている。

安定しない私の音だけで、心がわかる。

音楽は正直だ。


Piovorna Musichiere




バイオリンを始めたのは小学校一年の時だった。

バイオリンを買ってもらえたことがうれしくて、弾けるようになっていくのが楽しくて、バイオリンのすべてが大好きだった。

毎日かかさず楽器に触れていた。

小学校の高学年になった時にはかなり弾けるようになり、コンクールなどにも出始めた。

やっぱりバイオリンは楽しくて、私の一番の自慢だった。

本当に大好きだった。

中学校に入ってからは、練習量もかなり増えていた。

楽しいだけではなくて、いい演奏をしたいと心から思うようになったからだ。

先生にも「どんどんよくなっている」と言われた。

またひとつ、バイオリンが好きになった。



私が中学2年となった年の8月。

先生の勧めで、ある演奏会を聞きに行くことになった。

先生の知り合いが教えている生徒に、私と同い年のすごくいい演奏をする男の子がいると言われた。

バイオリンではなくチェロを弾いている子だけれど、きっと得るものは多い。

そう言われて少しドキドキしながら演奏を聴きに行った。



演奏会の帰り道、私はずっと考え事をしていた。

“いい演奏ってなんなのかなぁ”

男の子のチェロを聞いて、考えてしまった。

楽器のことが大好きで、たくさん練習して、人よりも高い技術を身につけて。

私は自分がそれを実行できていると思っていた。

いつもその時の実力の中で最高に“いい演奏”をしていると思っていた。

でも違った。

男の子の演奏は、自分自身で思う“いい演奏”とは少し違った。

“僕はチェロが好きなんだ、音楽が好きなんだ”

そうやって聞いている人に語りかけるような、そんな音だった。

遠くて顔は見えなかったけれど、きっと素敵な表情をしているに違いない。

もちろん技術も飛びぬけて高かった。

だけどきっと彼は“いい演奏”を目指しているわけではなく、ただ聞いてほしいと思って弾いているだけなんだろう。




あの日から私の演奏が不安定になった。

音を出すたびに、彼の音を思い出してしまう。

弓を引くたびに、彼の姿を思い出してしまう。

「先生、“いい演奏”って何なんでしょうか」

つい、聞いてしまった。

先生は驚いた表情をした後に微笑んで「すぐにわかるよ」とだけ言った。

「そうだ、ほのか。少し気の早い話だと思うかもしれないけれど、高校は奏華に行くのか?」

奏華高校・・・このあたりでは一番有名な音楽家のある学校だ。

「はい、そのつもりです」

「彼も奏華を目指していいるそうだよ」

「・・・?」

「この間聞きに言っただろ?あの演奏会のチェロの子だよ」

「あの子も?」

「あぁ」

すごくうれしかった。

まだ入学が決定したわけでもないのに、きっと私も彼も奏華にいけると確信した。

絶対に一緒に弾いてみたい。

近くで、もっと近くであの音を感じてみたい。

「私、がんばりますね、先生」





「ありがとうございました」

バイオリンの練習が終わり部屋を出る。

今日は久しぶりに自分らしい音を出すことができた。

しかし外は雨だった。

「傘、持ってない・・・」

どうしようかと悩んでいると一人の男の子に声をかけられた。

「傘ないの?」

「え・・・」

突然のことに私は戸惑った。

男の子はたぶん私と同じくらいの歳だった。

「それ、バイオリンだよね?濡れたらよくないし、傘貸すよ」

「え、でも」

どうやって返すのだろうかと、ふと思った。

「俺、今日なぜか折り畳み傘を2本も持ってきちゃって。あ、傘はまた会う時に返してくれればいいから」

男の子はにこっと笑った。

「じゃあ、また」

「あ、ありがとう!!」

かろうじてお礼だけは言うことができた。

“また会う時”

冷静に考えたら、この傘はもらってしまったようなものだ。

でも“また会う時”がくると、根拠もなく思った。






そして2年後。

奏華高校に私は入学した。

「衛二、これ、借りてた傘」

「傘?貸したっけ??」

「うん、借りてた。ちゃんと今返したからね」

「あ、この傘・・・」

雨の日の約束は、しっかり果たすことができた。












・・・・・・・・・・あとがき・・・・・・・・・・
でもまぁ今回の小説は・・・「雨」関係ないっすねぇ。笑
一応ラストとタイトルは雨ですが。
タイトルは文法的に合っているのかどうか、実はよくわかりませんがゆるしてください。
テスト明けてから猛ダッシュで書いたので、タイトルとかあまり考えてな(ry
とりあえず、サイトの誕生日に間に合ってよかったです、えぇホントに。


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