数年前、来良学園が来神高校だった頃。
「い〜ざ〜や〜!!!」
静雄の声が響く。
彼らは入学式の日に出会った。
新羅という一人の共通の友人によって静雄と臨也が出会ったのだ。
その日から何カ月もたった今日も、静雄の臨也に対する怒号が飛ぶ。
この怒号に大した意味はない。
出会った瞬間からお互いはお互いをこう認識していた。
―――気に入らない。
ただそれだけの理由、しかしそれだけで彼らにとっては十分すぎるほどの喧嘩の理由だった。
「本ッッッ当にシズちゃんは理屈じゃどうしようもないんだよね」
静雄に追われ逃げる臨也は、口元に歪んだ笑顔を浮かべてつぶやいた。
この日も何も変わらない、彼らの日常が繰り広げられていた。
「あ〜、やっと追うのやめたかな?」
適当に逃げたところで、臨也は静雄のいるであろう方向を確認した。
「シズちゃんは俺の中の“人間”の枠から外れてるんだよな…」
毎度のことではあるが、喧嘩する度に車、ポスト、自販機、人…その他諸々をいとも簡単に投げてくる静雄に対し、自らの中にある“人間”の定義を疑わざるを得なかった。
「・・・ん?」
いろいろと考えを巡らせていた臨也の前を、来神高校の制服を着た少女が通り過ぎて行った。
「あの子は、たしか」
臨也は来神の生徒全員の顔と名前を覚えているわけではないが、彼女のことはしっかりと覚えていた。
それは“静雄で遊ぶための駒”としての認識だったのだが。
臨也はその少女に話しかけようと、少女の歩いて行った方へ歩き始めた。
そして結果的に、ほとんど歩くことなく少女に追いついた。
「あららー」
大人しそうなその少女は、絵に描いたように典型的な“ヤンキー”に囲まれていた。
「みなさん、仲良しですねー?」
「あぁ?なんだてめぇ」
「お取り込み中だってのがわかんねぇのか!」
満面の笑みでヤンキーの輪に話しかけた臨也に対し、不良たちは口々に暴言を吐いた。
喧嘩になったところで一対多数ならば負けないと思ったのだろう。
さらにその一人しかいないヒーローは、喧嘩慣れしているようには見えない細身の少年だったのだから。
「え、お前・・・」
そんな中、ヤンキーのうちの一人は弱気な表情を浮かべた。
彼はメンバーの中で唯一来神の生徒だった。
だから知っていたのだ。
臨也のことも、静雄との殺し合いの毎日のことも。
「こいつ、やばっ…」
彼が仲間に忠告しようとした時には既に遅かった。
臨也の手にはナイフが握られており、リーダーと思しき人物の服が裂けていた。
「俺の同級生なんで、いじめないでいただけますか?」
依然として笑顔で語りかける臨也。
臨也の事を知らなかった面々も、彼のナイフの動きが全く見えなかったことに唖然とした。
「じゃあ俺たちはこれで」
ひらりと手を振り、臨也は少女の手をとって歩き出した。
そしてすぐわきの路地に入ったとたん走り出す。
直後、大きな物音と先ほどのヤンキーたちの悲鳴が聞こえた。
彼の素早い動きを目の前に呆気にとられていたヤンキーは気付いていなかった。
背後に臨也を追ってきた静雄が立っており、さらにその静雄が自販機を投げる態勢に入っていたことを…。
むろん臨也自身はそれに気づいており、少女とともに逃げたのだ。
「はぁ、はぁっ・・・」
「お疲れ様。ごめんね?急に走らせちゃって」
「い、いえ…こちらこそ、助けてもらって」
臨也は静雄を振り切り、小さな空地にたどり着いた。
何が何だかわからないうちに走らされた少女は、体力に自信がある方ではなく、疲弊しきっていた。
「ありがとうございます、えっと…折原くん、ですよね?」
「お礼を言われることじゃないよ。俺は折原臨也。よろしくね、光(ひかり)ちゃん」
「!!」
少女はいきなり名前を呼ばれて驚いた。
光は学校で目立っているわけでもなく、クラスでも知らない人がいるのではないかというほど。
それなのに折原臨也という有名な問題児は、しっかりと少女の名前を覚えていた。
「『なんで私のこと知ってるんですか?』って顔だね〜。同じ学校なんだから知ってても不思議ではないと思うけど?」
「たしかにそうなんですけど…」
「まぁ、俺が君を覚えていたことは偶然ではないけどね?」
光は少し顔を赤らめた。
第三者がその状況を見たとしても、臨也は光に気があるかのように見えただろう。
もちろん臨也はそれを狙って表情を作り、言葉を選んだのだ。
それは、男友達と呼べる存在もいない光にとっては十分すぎる演技だった。
学生生活を彩る一つの要素に『恋愛』が挙げられる。
恋愛は誰しもがするわけではないし、それが幸せをもたらすとも限らない。
それでも人は恋をし、自分ではない誰かに愛情を注ぐ。
今のところ臨也は恋愛をしていない。
言い方を変えると“一人の人を愛すること”をしていないのだ。
二股をかけているなど、そういうことでもない。
彼の愛情の対象は“人間”という一つの種、そのものなのだ。
高校生のこの時点で、彼の想いがそこまでに達していたかどうかはわからない。
しかし、臨也のこの考え方が彼の人生に多大な影響を与えたことは間違いない。
のちに“情報屋”として暗躍することになる彼の人生に・・・。
そんな彼が、この日の出来事をきっかけとして、一つの“恋愛”に首を突っ込むことになった。
←Prev Next→
novelsへ
topへ