光が臨也に助けられた次の日。

校舎の廊下で、臨也はある人物に声をかけた。
「よう、新羅」
「あぁ、臨也…」
「なんだ、そのがっかりした表情は」
「せっかくの高校生活なのに僕に話しかけてくるかわいい女の子はいないのかな、と思ってさ」
「新羅みたいな変人によってくる奴がいるわけないだろう?」
「その一因は君や静雄だと思うんだけどね」
いつもの調子で会話を続ける新羅。
臨也もそれに合わせて話をする。
「俺やシズちゃんのせいではないと思うよ?」
「えっ?」
臨也はいつもの通りのトーンで言ったのだが、何年も付き合っている新羅は小さな変化に気づいた。
「シズちゃんに彼女がいるんだって」
「・・・静雄に?」
「なんかシズちゃんに恨みのある奴らがその彼女を苛めてるんだって。心配掛けまいと本人が黙ってるから、シズちゃんは知らないだろうけど」
「それ本当?」
「どこまで本当なのかは俺の知る所じゃないけどね」
疑う新羅をよそに、臨也は飄々と話し続けた。

ふと臨也が廊下の窓越しにグラウンドの方を見る。
「あぁ、あの子だよ。噂の彼女」
臨也の視線を追った新羅は驚いた。
「え、あれって光ちゃん?!」
そう言って振りむいた時、もうすでに臨也の姿はなかった。
「新羅・・・」
臨也の代わりに新羅の視界に入ってきたのは静雄だった。
「静雄・・・もしかして今の話、聞いてた?」
「・・・」
「あちゃー・・・」

何も言わずに、静雄は新羅に背を向けた。
「臨也のやつ…静雄が聞いてるの知ってたな」
新羅はこれから起こるであろう、面倒な出来事を考えて憂鬱になった。






『君の大事な人が君を守るために第2グラウンドの裏にいる。早く行ってあげた方がいい』
数分前、光のもとに1通のメールが届いていた。
送り主のアドレスは、光のケータイには登録されていないものだった。
普段ならこんなメールを信じることはなかっただろう。
しかし、最近光の周りで起こっていることを考えると無視もできなかった。

―――行ってみて何もなければそれでいい。

それだけの話だと思い、光は校舎から離れたところにあるグラウンドの裏手にやってきた。
そして残念ながら、光は何かがあったとしか思えない光景を見る。
「平和島くん・・・?」
光の眼には平和静雄の背中が映った。
ゆっくりと視線を下へ移すと、そこには多くの男たちが転がっている。
光は、地面に転がっている男たちのほとんどに見覚えがあった。
彼らはたびたび光を襲おうとしてきた不良たちだった。

「!」
静雄は自分の背後で怯えている光を見つけた。

―――この状況で何を言っても無駄か。

静雄は光にたいして何も言わずにその場を去ることにした。



光は、静雄が去っていくのを見つめていた。
はっと我に返った時、自分の眼から涙が流れているのに気付いた。

―――どうしよう。

目に映る光景を信じたくなかった光は、とにかく走った。

―――どうしよう。どうすればいいんだろう。

頭の中でぐるぐると考えながら走り、ある路地にたどり着いた。
そこは光がはじめて臨也と出会った場所だった。




『もしもしー』
「折原くん・・・」
『光ちゃん…泣いてる?』
光は泣きながら臨也に電話をかけた。
いつも助けてくれて、そして優しい言葉をかけてくれる臨也を頼ってしまったのは、光にとって自然なことだった。
「平和島くんが」
『シズちゃんがどうしたの?』

―――何から話したらいいのだろう。

「私のせいで彼が力を使ってしまったの」
『?シズちゃんが暴力的なのはいつものことじゃ…』
「違うの、彼は暴力なんて嫌いなのに、私のせいで…」
『ちょっと待ってよ光ちゃん。“私のせい”ってどういうこと?』

光は一つの事実を隠しながら真実を臨也に伝えようとしていた。
しかしここまで話して、それが難しい事に気付いた。

いつの間にか光は泣きやんでいて、臨也にすべてを打ち明ける決意をした。
「折原くん。私が狙われている理由って、私が平和島くんの彼女だと思われているからなんですよね?」
『あぁ、あいつらはそう言ってたけど。でもそれは誤解だって光ちゃんが言ったんじゃない?』
「確かに“彼女”というのは誤解です。だけどその噂がたった理由は…」

『・・・』

「私が平和島くんのことが好きだったから」

光は決意を持って打ち明けた。
しかし臨也にとっては既知の事実であり、光の告白によって知りたかったことは一つだった。


“好きだった”



―――過去形で言うんだね…。



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