『私が平和島くんのことが好きだったから』

電話口から聞こえてくる光の言葉を、臨也は黙って聞いていた。


―――知ってるよそんな事。


臨也はそれを知っていたから、あの日光に出会った時に光のことを認識できたのだ。
『彼一人なら振るわなくてよかった暴力を、私のせいで…』
光の言っていることはあながち間違っていなかった。

彼女に因縁をつけてきた不良のほとんどが、静雄自身には喧嘩を売れないような奴らだった。
だからこそ光という静雄の弱点をつくことで、どうにか復讐を果たそうとしていたのだ。
つまり光さえいなければ、奴らが静雄にけんかを売ることも、光のために静雄が力を使うこともなかったのだ。
確かに火のない所に煙は立たぬとよく言う。
しかし、今回のことに限れば、煙が立たないほどの火種に油を注ぎ大騒ぎにした人物の存在があった。

「ねぇ光ちゃん…」
少し間を作りながら、臨也は光に提案を始めた。
「不良たちに『私はシズちゃんの彼女ではありません』って、証明できればいいんだよね?」
『え?』

「一芝居、打ってみようよ」


臨也の提案は、混乱している光にとっては最善の選択に思えてしまった。










「さぁどうなったかな…」
臨也は軽い足取りである倉庫へやってきた。
自分の提案を受け入れた光がどうなったのか確認するために。

「ん?」
倉庫の方へ近づいた臨也は、思っていたのとはだいぶ違う雰囲気を感じていた。

―――これは・・・ミスしたか?

「臨也ぁーっ!!」

―――シズちゃん!?
―――あぁ、やっぱりうまくいかなかったのか…
―――光ちゃん、“好きだった”って過去形で言ってたのに。
―――シズちゃんより俺を信じてくれると思ったんだけど、時期尚早だったか?

臨也は冷静に頭を動かしながら、必死に逃げた。


―――どこで狂ったかなぁ。







臨也が倉庫に現れる30分ほど前。
臨也との電話を切った後、倉庫から少し離れた路地で臨也と落ち合い、ある“小道具”を受け取った。
『お芝居なんかで使う偽物のナイフだよ。ヤンキー達の前で、シズちゃんを刺すふりをするだけだよ。もちろん“ふり”だけ』

光は、―――折原くんの言うとおりにすれば平和島くんは…―――とそれだけを考えていた。
だから小道具にしてはやけにナイフが重かったことにも気が回らなかったのだろう。

『そこの倉庫にシズちゃんが呼び出されてるみたいだから…バレたらまずいけど、危なかったらすぐにいけるように俺は近くにいるね』

臨也の言葉に背中を押された光は一人で倉庫へ向かうことに決めた。
光が臨也に聞いた話では、静雄はもう倉庫にいるらしかった。
計画によると、静雄が不良を全員半殺しにしたところで、静雄を刺す“ふり”をすればよいとのことだった。
それを盲目的に信じた光は、頭の中でいろいろな事を考えながらも一つのことに集中していた。
そして気付いたら倉庫の前に立っていたのだ。

「あ、あれ?」
臨也の言っていたように不良たちは、意識はあるものの起き上がることは難しい状態となっていた。
しかし肝心の静雄の姿が見当たらない。
「ど、どうして…」
予定とは違う状況に混乱し、光は握っていたナイフを落としてしまった。
それを拾おうと急いでしゃがんだ時、背後に一人の男の気配を感じた。

「それで俺を刺してことがおさまるんならいいけどよ…」

光が振り向いた先にいたのは、平和島静雄だった。
「たぶん原因はそれじゃねぇ」
驚いて震えている光に、静雄は短く語り歩き始めた。
光と出会ったあの日と同じく、少し照れくさそうに。


その言葉に気をとられていた光が静雄の方を見ると、そこには新たな不良の群れが現れていた。
静雄は十数人もいる不良に1人で向かって行った。
―――また助けられたの?
もう光は動くことができなかった。
何から考えるべきなのかもわからなかった。


『ここから逃げるよ』
混乱している光の前にPDAが差し出された。
音もなく現れた黒バイクが光の目の前にいた。
『自分には詳しい事はわからないけど、これは臨也の仕業だと思う』
「え?」

―――でも臨也さんは私を何度も助けてくれて…

黒バイクのPDAに表示されている文字が、光の頭を余計に混乱させていた。

『臨也を信じるか静雄を信じるかは、あなた次第だよ』
この言葉で光の心が引きもどされた。
『静雄は大丈夫。信じられるならあいつのためにも逃げるよ!』



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